大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(ネ)765号 判決

控訴人等代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人等代理人において、次の通り陳述した外は、すべて原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人等代理人の陳述、

(一)  本件確認を求める借地権は、借地条件の伴わないものであるから本件を民事訴訟手続により審理し単に借地権ありとの確認を求めることは許されない、けだし罹災都市借地借家臨時処理法(以下単に処理法という)第十八条は、その制定当初同法第十五条に規定せる同法第二条及び第三条の借地権設定又は譲渡その他に付当事者間に争ある時は係争物を管轄する区裁判所が非訟事件手続法により裁判する旨を規定し区裁判所の専属管轄たること及び非訟事件として処理すべき旨を明記してあつたが、区裁判所が廃止せられた結果地方裁判所と改正せられた後も依然として非訟事件手続法に依拠すべきことを命じている。そは処理法が初めより施行期限を限りたること、速急の間に戦災者の住居又は店舗を復活せしめると同時に戦災地の復興を促進せしめるため、比較的日時を要し且つ当事者の主張に拘束せらるる処分権主義の民事訴訟に依拠するより簡素にして多分に職権主義を加味する非訟事件手続により急速且つ真実発見主義の下に同手続に依るべきことが実情に則するものとせるが故である。従つてこの寸毫も疑義なき条章を無視して非訟事件手続法によることなく、民事訴訟手続において、しかも借地条件に対する申立の拡張もなくして借地条件の伴わざる単なる借地権の確認を求める本訴はこの一事により失当として棄却せらるべきである。

(二)  被控訴人は、強制疎開当時はその建物の単なる賃借人に過ぎなかつたので、控訴人原田新蔵との間には嘗て借地条件等は存しなかつたのであるから、借地条件たる地代敷金及び権利金等の裁定を求めず又これを履行することなく、優先的賃借申出なる単なる一方的行為により当然借地権設定の効力を生ぜりとなしその確認を求める本訴請求は処理法第二条の「相当な借地条件で賃借することができる」との規定を無視した不当の請求である。

(三)  加之最高裁判所昭和二十三年(オ)第五五号昭和二十四年二月八日言渡の判例によれば、優先賃借の申出は形成権にあらず、請求権なりと断じ土地所有者がその申出を承諾するか、又は承諾に代るべき裁定ありたる時に始めて設定の効力を生ずると判定しているので、被控訴人が借地権設定及びその条件の裁定を求めこれに対する判定ありとせば格別既に借地権設定せられたることを前提として控訴人原田に対しその確認を控訴人由本に対し建物収去土地明渡を求める本訴は不当の甚だしきものである。

(四)  仮りに百歩を譲り被控訴人が控訴人原田に対する本訴申立に借地権設定及びその条件の裁定を得たと仮定しても、被控訴人の有する借地権は債権であつて対人的効力を有するに過ぎず、すなわち処理法第二条第三条には優先して云々と規定せらるるもそは処理法により設定又は譲渡を受けた借地権者は他の借地権その他の権利者を排斥して優先賃借し得べき旨を規定せるのみ、借地権たる債権に対し対世的効力を付与せるものではない。(大審院大正九年(オ)第六〇八号大正十年二月十七日言渡)、従つて処理法第十条の如く特に対世的効力を生ずべき特別の規定ある場合は格別単に他の者に優先しと定めその優劣を定めたる以外何等特例を設けなかつた本件借地権につき被控訴人がこれを取得したとしても、一般原則により土地所有者に代位するか、又は占有権を取得せる後でなければ控訴人由本に対する本訴請求は失当である。

(五)  また仮りに借地条件と共に借地権ありと裁定せらるるも単なる裁定ありたるのみでその借地条件を履行するのでなければ、借地関係が双務契約たる以上未だ借地権者として権利を行使することはできない。それ故単なる申出をなしたりとの一事を以て借地権者なりとして控訴人由本に対して本件土地の明渡を求める本訴は民法第一条の信義誠実の原則に反する不当の請求である。

(六)  本件地上には何等過失なく借地権を得て建築に着手し既に完成して人の居住する建物があり、この既設建物は住宅難の深刻な折柄現在至宝というも過言ではない。被控訴人の本件建物収去の請求は社会経済上及び国民生活より観察するも許すべからざる行為であると共に社会秩序の破壊ともいえるのであり、何等の過失なくして完成せる既成事実を無視するもので失当である。なお本件借地権の確認を求める借地坪数は四十二坪であるが、優先賃借申出当時の土地の現状、本件土地の所在する銀座における借地、借家の権利金賃料が著しく高額であること、被控訴人の強制疎開前の建物賃借期間が短期間であり、支払賃料が多額のものでないこと、被控訴人の現在における住居及び事務所の所有関係等を参酌するときは右四十二坪全部の借地権確認を求めることは不当である。

<立証省略>

三、理  由

控訴人等は、「本件確認を求める借地権は借地条件の伴わないものであるから本件を民事訴訟手続により審理し単に借地権ありとの確認を求めることは許されない(前掲事実摘示控訴代理人陳述(一))」と主張するが、罹災都市借地借家臨時処理法(以下単に処理法という)の規定により取得した借地権が第三者によつて侵害せられ、地主も右借地権の取得を争つている場合には、借地権取得者は、これらの者を相手取り借地権の存在確認請求の本訴訟を提起し得べく、しかもその借地権につき未だ相当なる借地条件の定まらざる場合にも、その状態における借地権の存在確認を求め得べきことは、確認の対象となるべき法律関係につき何等の制限も設けられていないことから明らかであり、処理法第十五条第十八条等の規定は、本件のような場合に民事訴訟手続により法律関係の存否の確認を求める権利をはく奪したものとは解せられないから右抗弁は理由がない。

ところで控訴人原田がその所有する東京都中央区銀座西八丁目九番地の六宅地上に被控訴人主張の三棟の建物を所有し、被控訴人が昭和十九年七月右建物を控訴人原田から賃借して、ここに居住していたが、その建物は昭和二十年春防空上の必要によつて取り毀されたこと、被控訴人は右疎開跡地が控訴人原田に返還された後昭和二十一年十一月十六、七日頃建物所有のために地主の控訴人原田に対し、前記建物の敷地四十二坪に対する賃借申出をしたところ、控訴人原田は法定の期間内に右申出を拒絶したこと、以上の事実は被控訴人と控訴人原田との間においては争いがなく、右両者間に争いがないということに徴し、被控訴人と控訴人由本との間においてもこれを認め得られる。

控訴人等は、「控訴人由本は処理法施行前である昭和二十一年七月十日に控訴人原田から右四十二坪を賃借したのであるから、(但し対抗要件はそなえていない)被控訴人は本件土地に対して賃借権を得ようと思えば控訴人由本に対し賃借権譲渡の申出をなすべきであつたのであるから、控訴人原田に対してなした賃借申出によつては賃借権を得ることができなかつた。」と抗争し、控訴人由本が昭和二十一年七月一日控訴人原田から本件土地を含む宅地八十五坪三合八勺を賃借したことは成立に争いなき乙第一号証当審における控訴本人原田新蔵、同由本清一の各供述により明らかであるが、控訴人由本の右賃借権につき対抗要件をそなえていないことは控訴人等の自陳するところであるから、かような対抗要件をそなえていない賃借権は処理法上借地権でないものとみなされ、従つて本件土地は同法第二条に所謂借地権の存しない土地に該当するもの故、被控訴人が直接地主たる控訴人原田に賃借申出をなしたのは何等不適法ではない。右抗弁は理由がない。

次に「被控訴人の賃借申出前に控訴人由本はすでに昭和二十一年九月一日には本件地上において建築をはじめ、現に建物所有の目的で土地を使用していたから、その後は被控訴人としてはもはや賃借申出をすることができない。」との控訴人等抗弁事実については、この点に関する原審証人宮沢治平、岡田秀夫、原審竝びに当審証人中村又一当審における控訴人由本清一の各供述はすぐ次にあげる諸証拠に照し信用し難きところであり、他にこれを認むるに足る証拠はない。却つて原審証人三村寛次、服部貞夫、原審竝びに当審における被控訴本人(原告本人)田中斉の各供述によれば、被控訴人が前記賃借申出をした当時は本件土地は全くの空地であり、右賃借申出後の昭和二十一年十二月になつてはじめて控訴人由本は本件土地に木材を搬入して建築にかかつたことが認められるから、被控訴人において賃借申出をなし得べきは当然であり、右抗弁もまた、採用し難い。

而して控訴人原田は被控訴人の賃借申出に対し法定の期間内にこれを拒絶したことは前記の通りであるが、同控訴人と控訴人由本との間の賃貸借による借地権が処理法上不存在とみなされる以上控訴人原田としても右賃貸を理由に被控訴人の賃借申出を拒絶し得ないのみならず、本件土地を控訴人原田が自ら使用することを必要とする場合その他の正当事由あることの認められない以上控訴人原田の右拒絶は失当であり、被控訴人の賃借権取得を阻み得ないものといわねばならない。

控訴人等は、更に「処理法が疎開建物の旧借主にその敷地の優先賃借申出権を与えたのは住居を失つた者を保護しようとするためであるところ、被控訴人には東京に住居及び事務所があるから被控訴人は賃借申出による賃借権を主張することができない。」と抗弁するが、当審における被控訴本人の供述によれば、被控訴人が現住している銀座西八丁目五番地の住家は裁判所の調停にて昭和二十八年十二月までには他に明け渡さねばならぬことに定められて居り、本件土地の明渡を得て地上に住家を建築せねばならぬ必要に迫られていることが認められ、その他に東京都内に住居ないし事務所を所有し生活の安定を得ていると認められる何等の証拠もないから右抗弁は失当である。

しからば前記賃借申出をした日から三週間経過したとき控訴人原田は右申出を承諾したものとみなされ、従つて被控訴人はこの時に右土地について建物所有のための賃借権を取得したことになる。而してこの賃借権たるや他の発生原因によるものと異り、処理法が「他の者に優先して」と規定し、これを特に厚く保護しているところから見ればその設定されたときに当然対抗力をそなえ、従つてこれを侵害するものに対しては妨害排除を求め得る物権的な効力を帯有せしめた特殊な性格の賃借権であると解するを相当とする。それ故控訴人由本が被控訴人主張の建物を所有して本件土地四十二坪を占有していることは同控訴人の認めるところであるから被控訴人は控訴人由本に対し右賃借権に基いて右建物収去土地明渡を求め得るものといわねばならない。

控訴人等は、「被控訴人が借地条件たる地代敷金及び権利金等の裁定を求めず又これを履行することなくして借地権存在確認を求める本訴は処理法第二条の「相当な借地条件で賃借することができる」との規定を無視した不当の請求である。」と抗弁するが、賃借権はその内容は相当条件ということで前述の如く賃借申出の日から三週間経過した時に設定の効力を生ずるのであり、その相当条件の協定ないし裁定なく、従つてこれが履行をなすに至らざる間においても、本件のような場合に賃借権を発動せしむることは賃借権者に許された当然の権利行使であつて右処理法第二条の規定を無視した不当の請求であるとはいい得ない。

控訴人等の当審における(三)の抗弁についても前段説示の通り本件賃借権については賃借権者は賃借申出の承諾に代るべき裁定及びその借地条件の裁定を求める以前においても賃借権を発動せしめ妨害排除の訴訟手段を採り得るものと解すべく、反対の見解を持ち本訴請求を不当視する該抗弁もまた理由がない。

控訴人等の当審における(四)の抗弁は要するに本件借地権も債権であつて対世的効力を付与せられたものではないから、一般原則により土地所有者に代位するか又は占有権を取得せる後でなければ控訴人由本に対する本訴請求は失当であるというのであるが、本件賃借権が物権的な効力を帯有する特殊な性格のものであることは前述の通りであるから被控訴人が控訴人由本に対し建物収去土地明渡を訴求するためには土地所有者に代位するの要なく、又占有権取得後なることも必要でないからこの抗弁も採用し難い。

次に控訴人等の本訴は民法第一条の信義誠実の原則に反する不当の請求である(前掲事実摘示(五))との抗弁については、本件借地関係は双務契約とみなされるべきものあることは疑いないとしても、その相手方は控訴人原田であり控訴人由本ではない。控訴人原田に対し借地条件の履行がなされていなくても、賃借権を侵害する第三者の控訴人由本に対し被控訴人が賃借権者として本件土地の明渡を訴求することは被控訴人に許された権利行使であつて何等民法第一条の規定に違背する不当の請求ということはできない。

また控訴人等は、本件建物収去の請求は完成せる既成事実を無視するもので失当である(前掲事実摘示(六))と抗争する。なるほど既に完成している建物は住宅難の深刻な折柄貴重なものであつて、これを収去するということはいかにも不経済であることは所論のとおりであるが、ひるがえつて考えれば、被控訴人としては早晩現住家屋を失うため本件地上に住家を建てねばならぬ必要に追られて居るので、法律上正当に取得した賃借権も地上に完成した建物が現存しているとの理由で賃借権の実現を不能ならしめられんか、被控訴人は多大な不利益を蒙むるに反し、地上に強引に建物を完成せしめた第三者をして不当な利得を得せしめる結果となり、かくの如きは処理法が罹災者を厚く保護せんとした立法の趣旨に悖り却つて社会秩序を破壊する虞れあることは推測に難くないところであるから、右抗弁もまた失当である。

なお控訴人等は、「本件借地権の確認を求める借地坪数は四十二坪であるが優先賃借申出当時の土地の状況等(前掲事実摘示(七)所掲の事情)を参酌するときは右四十二坪全部の借地権確認を求めることは不当である。」と抗争するが、右四十二坪は被控訴人が借家していた強制疎開による除却建物の敷地であり、処理法もその全部の借地権の取得を許容しているところである。控訴人等の挙示する諸事情は本件借地権の借地条件を定めるについてはこれが参考資料たり得べきも右四十二坪全部に対する借地権の確認を阻む理由とはなり得ないから、この点の抗弁も理由がない。

以上の次第にして前記賃借権を被控訴人が得たことを争う控訴人両名との関係において右賃借権の確認を求め、且つ控訴人由本に対し右建物を収去して右土地の明渡を求める本訴請求は正当であるから、これを認容すべきである。

よつて右と同趣旨に出た原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第一項第九十五条第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 大江保直 梅原松次郎 猪俣幸一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!